2012年6月12日火曜日

僕らは悩んでいる時に、きっと成長しているから

高円寺の古着屋でTシャツを買った。
本来ならもっと節約するべきなのだが、さすがに、ワンコインで買えるとなると思わず財布が開いてしまう。
僕はTシャツが好きだ。 それだけで自分を表現できるから。
シンプルなスタイルが好きだから、ジーパンにTシャツだけ、という軽装が多い。
そのシンプルな格好をいかにしてお洒落に見せるかは、Tシャツによるところだと思う。 

部屋に帰り、新しい一枚に袖を通す。
なるべく、丁寧に。
どうせすぐヨレヨレになっちゃうんだけど、最初だけは丁寧に扱おうと考える。 
でも今日は少し勝手が違った。
 身体にピッタリしたサイズだからだろうか。 指先に生地が引っかかる。
生地を傷つけないように、やっとの思いでそれを着た。

 「うん、いい感じ。」

そいつは僕の身体によくフィットした。

いい買い物をしたなぁと思いながら、ふと、指先に目がいく。
そして、中指の皮が剥がれかけていることに気づく。
さっき、うまくシャツを着れなかったのは、それが原因だったのだ。

 (また、始まったみたい)

 思い当たる節がある。
僕は、荒れた指先を、少し見つめてみた。

 …… 

浪人してる頃、僕は毎日が充実していた。
眠れないことが多かったけど、ちゃんと睡眠時間は確保していたし、三食の栄養バランスのとれた食事を採っていた。
同じリズムで寝る、起きる。
それはきっと、身体にとても良かったはずだ。

しかし、小さな変化が身体に起きていることに、僕は気づいた。

 (指先が荒れている…?) 

指が綺麗なのは、小さい頃からの自慢だった。
もちろんもっと綺麗な人はたくさんいるが、ガサガサになるとか、ささくれ立つのがひどかったりとか、そういったことが一切ない指だった。
だから少しショックを受けた。

 (毎日、健康的な生活をしているのになぜだろう) 

ハンドクリームを塗って数日過ごしたが、一向に治る気配はない。
痺れを切らした僕は、母に相談した。 

「なんか、指が荒れるんだけど。 ちゃんと栄養採っているのに」 

母は、僕の指をつくづくと眺めてから、こうつぶやいた。

 「多分、ストレスじゃない?」

ハッとする、というのはまさにこのことだろう。
ああ、そうなのか。 これが、ストレスなのか。

思えば、毎日将来が不安だった。

「充実している」 そう思っていたのはきっと建前で、本当はもっともっと怖かったんだと思う。
誰も、悩みを打ち明けられる人はいない。 

言葉になることのないストレスは、指先から発散されていたのだ。

 「そうかもしれない」 

僕は素直にそれを認めた。 そして、なんだかスッキリした。

数日後、指先は何事もなかったかのように、綺麗な姿を取り戻した。

 ……

 あの日以来、僕は指先が荒れると、遡及的に自分のストレスを知るようになった。

それを自分がそれと認めたくなくても、否応なしに指先が反応してしまう。 
今回はなぜ荒れているんだろう、と考える。 
引越しの準備?
将来について?
大学で何をしたいかわからない?
人間関係について?
もっと言うと、恋愛について?

 すべて、当てはまる気がするなぁ。 
最近いろんなことを考えすぎていたから。
僕は何をしたいんだろう、とか。
どこへ向かうべきなんだろう、とか。
そのせいで、人との関わりが億劫になって、対人関係も自爆的に悩んでしまっていた。 
友達はもっと大事にしないといけないんだ。

 ……

 「考えすぎじゃない?」 

ここ数日間で、何人かの友人にそう言われた。
多分その通りだ。 僕はいろんなことを考えすぎている。
意味のないことに、意味を持たせようとしてしまう。

でも、考えすぎるのって、悪いことだろうか。 
例えば僕は、安易な批判をする人が嫌いだ。
広告クリエイターの箭内さんの言葉を借りると、「批判するなら代案を用意」してほしい。 
きっと意見を述べている人は、批判している人の何十倍も長い時間、そのことについて考えている。
論理的な思考に対して、感情的になって安易に批判をするのは、本当に失礼だと思う。

だから僕はたくさん、考えたい。

僕はたくさん、考えていたい。

 ……

もう一度僕は、荒れた指先を眺めてみた。 

中指だけじゃなく、親指も荒れているなぁ。
そんなことを呑気に考える。

どうせハンドクリームを塗っても治らないし、気楽にいこう。 
この理由もわからないストレスがなくなると、自然と指も治るんだ。
きっと今回も、もうすぐ治るだろう。 



でも、案外この状態が、僕は好きだったりする。

僕らは悩んでいる時に、きっと成長しているから。

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