2011年9月16日金曜日

漱石の「I love you. 」に思うこと

漱石は、「I love you. 」という英文を、「月が綺麗ですね」と訳したらしい。

ツイッターでも流行っていたし、けっこう知っている人も多いと思います。

そして、これが紹介されるとき、だいたいこんなコメントがつく。

「なんかよくわかんないけどかっこいい」

「漱石の訳はオシャレだ」

「奥ゆかしいっす」

賛否両論あるけど、なんだかんだ「素晴らしい」と評されている。

……

そうかなあ、と僕は首をかしげる。

あまりいい日本語訳だとは思わない。

そもそも、これは僕の憶測だけど、漱石はそう訳さざるを得なかったんだと思う。

漱石の夫妻は不仲であったことで知られる。

奥さんと漱石だと、奥さんの方がいつも一枚上手だった。

奥さんは気が強い人だったんだ、たぶん。

そんな人に対して、「愛しています」とそのまま言うのは気が引ける。

なんだか、奥さんに負けた感じがするじゃない。

だから漱石は、

「あなたと一緒にいると、なんだかいつも見ているはずの月でさえ、心なしかきれいに思えるようだ」

と、いうようなことを言ったのだろう。

漱石は、「うまく訳した」というよりもむしろ、「そう訳してしまった」という、
ある種の束縛的感情に恣意的に操作され、自らの意思をも凌駕した己の言葉に翻弄された結果、えーつまり何が言いたいかって、僕はあんまりその訳が好きじゃないということです。

なぜなら、僕はそのような気の強い女性を好きになったことがないから。

……

じゃあどう訳そうか。

どう訳すのがいいんだろう。

そうだなあ、僕なら、

「君のことが好きです」

に落ち着くかな。

シンプルな好きは、シンプルに伝えるのが一番いいと思うんだよね。

「愛しています」にしなかったのは、僕がまだ、女性に対してそのように感じたことがないから。

好きだなあ、とは思っても、愛しているなあ、とは思ったことがない。

いや、もしかしたらそう思ったこともあって、僕がそれを「愛している」だとは認識しなかっただけかもしれない。

まあいずれにしても、好きの方がなんか好きだな。なんて。

……

これまでの人生で、「好きだな」って思った人には、ちゃんとそれを伝えてこれたと思う。

それがたとえ叶わないものだと知っていたとしても。

だって、誰かに「好き」って言われたら、とてもうれしいじゃない。

僕はいつも、涙が出そうなくらいうれしくなる。

だから、その人にもちゃんと伝えた方がいいんだって思う。

本当にあいまいな感情だから、大事に育てないといけないよね。

……

最後に、漱石の小説の言葉を借りて。

「しかし君、恋は罪悪ですよ。解《わか》っていますか」

漱石は偉大な文豪だ。

ほんとうに、そう思います。